映画 犬と猫と人間と
以下杉本彩さんのブログより
この映画は、
ペットの問題だけでなく、
その向こうにある、
日本社会が抱える
あらゆる問題までもが見えてきます。
人と動物が幸せに共存するための
原点ともいえる、
私たち人間のあるべき姿が見えてきます。
映画 太陽の誘い
映画『旅情』の脚本家としても知られるイギリスの小説家H・E・ベイツの短編小説「小さな農場」を、’50年代スウェーデンの物語に翻案したラブ・ストーリー。母親が死んで以来10年間、たったひとりで小さな農場を切り盛りしてきたオロフは40歳の独身男。近所づきあいも少なく引っ込み思案の彼は、ある日新聞に家政婦募集の広告を出す。「当方は39歳の農夫。車あり。若い家政婦を求む。写真同封希望」。これは女性と知り合うチャンスの乏しいオロフにとって、かなり思い切った行動だった。数日後、彼の前に現れたのはエレンという美しい女性。オロフは一目で彼女が気に入ってしまう。都会的で洗練されたエレンが、なぜ田舎の農場で家政婦をやる気になったのか。その理由は最後まで明白でない。どうやら彼女は、それまでの生活を捨てて逃げてきたらしい。そんなことが、何となく察せられれば充分なのだ。
オロフは最初から、自分の花嫁探しのために新聞広告を出している。これは「若い家政婦」を求めたり、「写真同封希望」だったりすることからも明白だ。しかしこれは、家政婦募集に名を借りて女性をだましているわけではない。これが彼にできる精一杯のことだから、彼はそうしただけなのだ。オロフは「家政婦募集」をいいわけにしているものの、その本音は広告を引き受けた新聞社の人も気づいているし、牧師も気づいているし、友人も気づいている。もちろん、この募集広告に応募してきたエレンだって、何となく察しはついているのだろう。
この映画は、人間の強さと弱さについて描いている。オロフは女性とつき合った経験もないし、文字もろくすっぽ読めない。でもエレンは彼を評して「本物の男」だと言う。映画を観ている側も、最初は大きな子供のように見えたオロフが、少しずつたくましい大人の男性に見えてくるはずだ。彼の唯一の友人であるエリックは、アメリカで数年間暮らしたことを自慢している伊達男。エリックはオロフから金を借りて、車や場所を購入したり、競馬につぎ込んだりしている。彼のアメリカ体験談も、ほとんどが周囲に大げさに吹聴しているだけのデタラメらしい。エリックは悪い人間ではない。彼はオロフのことが大好きだし、その友情に偽りはないのだろう。だが、彼は同時に弱い人間なのだ。ではエレンはどうなのか? 彼女は都会から田舎に逃げ込み、オロフの保護を求める弱い人間として映画に登場してくる。しかし彼女はオロフと愛し合うことで、強い人間に変身する。それはオロフも同じだ。彼はエレンと愛し合うことで、自分に自信を持ち始める。「愛」が人間を強くするのだ。
スウェーデンでは大ヒットした映画らしいが、監督も出演者たちも日本ではほとんど無名。しかしこの映画に描かれる風景の美しさには、思わずため息が出そうになる。北欧の夏は夜遅くなっても日が沈まない。低い太陽に照らされて外の風景が金色色に輝くなか、ベッドに入って眠るのだ。なんともロマンチック。この風景を観るだけでも、この映画には価値がある。
(原題:UNDER SOLEN)
映画 サイダーハウス・ルール
りんごは人の愛の結晶だと思う。
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関係ないけどバサラという漫画を最近読んでいる。
心を受け取る」と書いて「愛」と読むのだす
出典 http://ja.wikipedia.org/wiki/BASARA
多聞がいいキャラしてる
映画 エデンの東
反抗期、親に対してずいぶんヒドイことを言ったりした。
親の立場で考えると言わせてあげる(そのうちこいつもわかるはず)キャパが
があるのか問われてるわけで、さらに逃げ道やガス抜きなんかも配慮というか
用意してやったりするわけで。
叱る場面になった時も、根拠なく信頼してる前提ならば。
自主性を促すためには自主性ある自分が存在できているか?
挨拶や礼儀の意味を自分が本当に理解しているのか?
自分が大切にしてきたことならば大切だと言うまでもなく伝わる。
などなど
…色んな思考が浮かぶけど、自分は妻帯者でもないし子供もいない子供なのでその時になるまで保留案件ということで。